原点を振り返る26

こんにちは!ジーンズソムリエ&Brand Directorの雑賀です。

コモデティ事業部から“個”を打ち出す!

長編だったこのシリーズもいよいよ残すところ、後、数回となりました。
今思えば、近年では、この時期のアパレル業界が一番活気付いていたな~と(;^ω^)
でも、その当時は、今の様な不況時代が来るなんて夢にも思いませんでした。いや、うっすらとどこかで悟っていたのかもしれません。なぜか危機感は常にありました。

 

世の中が出店ブーム。どんどんSC・モールが立っていき、それに比例して売上も右肩上がり。
<自動販売機でも売れる服>をモットーにコスパ感のある単品もの~分かり易いコーデまで、ほぼ打ち出す商品はヒットしていました。

コモデティ事業部とはいえ、SC・モールの中は競合ブランドがズラリと並ぶ激戦区ですので、ブランドの個性がないと見向きもされません。

 

そして、、、とうとう【個を出す】試練がやってきました!

前任の天才肌MDが以前、雑誌とコラボ企画をして、《究極の3枚セット》と題して、タンクトップ×PO×CDのスタイリング3枚をセットにした商品が見事大ヒット!!!

それの第2弾として、ヤング雑誌【SOUP】とコラボ企画するという大役が回ってきました。

前任のMDにも「これだけは絶対外すなよ!!外したら椅子ないぞ!」と何度も忠告されました(笑) もうこれまで以上の強烈なプレッシャーでした。

 

その時、私はまだ下の子が授乳中でした。もう一歳は過ぎていましたが、母乳断ち出来ず・・・結局3歳まで飲み続けられました(;^ω^)
夜中に3回あげないといけなかったので体力的にはかなりきつかったですが、授乳中は栄養を抜き取られるので全く太らず、体重は43KgをKEEP出来ていたのが唯一の救いでした(≧∇≦)

 

その夜中の授乳中は、真っ暗でしかも身動き取れないので、ずっとこの企画のデザインの妄想をしていました。
その年は、ポンチョが大流行すると予測されていたので、ポンチョの変わり種で、着回しがなん通りも出来る物にしよう~!と決めて、娘を片手にタオルを巻いたり捩じったりしながら考えました。

そうして出来上がったのが

【究極の着回し!スカーディポンチョ】 



大きなリバーシブルのニットポンチョ2枚で作られていて、表はウールレーヨン、裏はモヘアのボーダー、その4辺を全てボタンホールを開けます。そして、釦はキノコ釦を縫い合わせて取り外しが出来る様にしました。

 

そして、これが、売上枚数10000枚以上達成する大ヒットとなり、繊研新聞にも掲載されました。

 

無題

↑2004年 神戸新聞より

 

雑誌【SOUP】にはこの様に掲載されました。

999

 

888

 

777

これ、絶対欲しいでしょ?(笑)

実は、もうこれ、生産するのが大変だったんです。
正直、ここまで売れると思っていなかったので、追加の原料手配は間に合わないし、キノコ釦を縫ってくっつけるのがまた至難に業で、中国の工場の方が指にマメが出来て縫えない・・・といいながらも、商社さんも工程を色々工夫して下さり、何とか出来上がった商品です。

未だに当時担当だった営業さんと飲む時は、この話で盛り上がります(笑)

 

 

 

それから、販促活動として、雑誌コラボ企画は毎月掲載されるようになりました。
中でも楽しかった記憶として、未だに残っているのが、太田莉菜ちゃん(現=松田龍平さんの奥様)とのコラボ企画。

この頃はまだ新人さんでしたが、凄いオーラの持ち主で、素直で可愛い女の子でした💛
この時は着易いロングカーデを企画し、私は全色購入しました(笑)

 

 

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こんな感じで、ハードながらもやり甲斐と実績を作れる仕事にいつしか夢中になっていました。そして、家庭は・・・崩壊寸前!!!そりゃそうですよね(;^ω^)